基本が大事
基本はやっぱり大事:未来の自分を支える「太い幹」の作り方
毎日の生活や学習の中で、私たちはつい「早く結果を出したい」「もっと難しいことに挑戦したい」と焦ってしまうことがあります。
しかし、どんなに高く大きな建物も、しっかりとした土台がなければ建ち続けることはできません。
物事における「基本」の大切さについて、身近な例から考えてみましょう。
先人の知恵が詰まった「基本の型」
料理をするとき、皆さんは包丁をどう持っていますか?
私は以前、「自分が握りやすいように持ち、切りやすいように切ればいい」と思っていました。
しかし、包丁の持ち方には決まった「基本」があるのです。
実際にその通りに持ってみると、最初は慣れないせいで、かえって使いにくく感じてしまいました。
それでも基本が大切なのは、それが長い年月をかけて多くの先人たちが積み上げてきた「最も合理的で無駄のない形」だからです。
自己流は一見近道に見えますが、実は限界が早く来てしまいます。
基本をマスターすることこそが、実は上達への一番の近道なのです。
天才ピカソを支えた圧倒的な基礎力
このことは、スポーツや芸術など、あらゆる分野に共通しています。
例えば、漫画の世界で「ヘタウマ」というスタイルが流行ったことがありました。
一見すると下手に見える絵ですが、実はこれ、基本のデッサンが完璧にできる人だからこそ描ける「味のある絵」なのです。
本当に絵が描けない人が描く「下手な絵」とは根本的に違います。
あの有名な画家ピカソも、実はその一人です。
彼の晩年の独創的な絵を見て「幼稚園児が描いたようだ」と言う人もいますが、ピカソにとってそれは最高の誉め言葉でした。
彼は「子供のように描けるようになるまで、一生かかった」という言葉を残しています。
ピカソが15歳の頃に描いた写実的なパステル画を見ると、その技術の高さに誰もが驚かされます。
少年時代にすでに完璧な基礎を完成させていたからこそ、彼はその先の、誰も見たことがない革新的な表現へと進むことができたのです。
天才の輝きも、実は地道な基本の積み重ねの上に成り立っていることがよく分かります。
勉強の土台は「地味な反復」から
では、勉強についてはどうでしょうか。
算数や英語、国語といった教科も、基本のマスターが不可欠です。
例えば算数や数学では、すべての基本は「計算」にあります。
今は電卓があるから計算力は不要だという考え方もあるかもしれませんが、計算を学ぶ過程には、大切な思考の積み重ねが含まれています。
中学3年生で習う「二次方程式」を解くためには、「因数分解」や「一次方程式」の知識が欠かせません。
そして一次方程式を解くには、正負の数の計算や、小学校で習う「分数・小数の計算」「九九」などの基礎が完璧である必要があります。
さかのぼれば、すべての出発点は小学1年生で習う「たし算・ひき算」に行き着くのです。
基本を身につける過程には、ある共通点があります。
それは「内容は決して難しくないけれど、マスターするまでに時間がかかる」ということです。
そして、何度も同じことを繰り返さなければなりません。
この「繰り返しの作業」を「面倒くさい」と感じて投げ出してしまうか、それとも黙々と続けられるか。
ここが大きな分かれ道になります。
勉強ができると言われる子たちは、計算練習のような地味な作業を嫌がりません。
基本を確実に固めておくことが、後々の学力アップに直結することを、体感的に知っているからでしょう。
心の中に「太い幹」を育てよう
基本を大切にすることは、樹木を育てることに似ています。
基本は、樹木でいえば「幹」の部分です。
幹が太く丈夫に育っていれば、たとえ途中で枝が枯れてしまっても、また新しい枝を伸ばすことができます。
しかし、幹が細く弱々しければ、少しの風や衝撃で木そのものが倒れてしまうかもしれません。
「なぜ、こんな同じことを何度も繰り返さなければならないのか」と思うこともあるでしょう。
けれども、その地道な繰り返しこそが、自分の「幹」を太くし、大きな土台を作っているのです。
基本をしっかり理解し、大切にする姿勢。
その意識を持ち続けることが、いつか自分を、まだ見ぬ高い場所へと運んでくれるはずです。

