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意識が情報を集める

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  何か一つのことが気になり意識するとそれに関する情報が自分のところに集まってくると言われる。 いつの間にか情報が集まる。 と言う。   今ならネットで気になるニュースを見ればAIがそれに関する情報を選択して表示する。 ネットならそれが普通になっている。   ネットに関係ないところでも情報が集まってくる。 と言う。   しかし、それは集まってくると言うのではなく、その情報が目に入るようになった。 というのが正しい表現ではないのだろうか。   今まで気にしていなかったので目に入ってきても意識されなかったものが突如気にするようになったので目に入って意識されるようになったということ。   たとえば、今までは気にしていなかった花についてあんなところに花が咲いていたのかということになる。 集まってくるのではなくその情報が目に入るようになった。 意識するようになった。 そういうこと。   歩いていて、今までは素通りしていたところのあるところがピンポイントで脳に刺激される。 活字を読んでも、ある活字が目に入り意識されるようになる。 それが集まってくると思われる要因になる。   それを学習において活用してみるとどうなるか。   たとえば、数学の計算においてマイナスの符号関係で間違えるので注意しよう。 と思う。 計算をして間違い直しをしてみるとやはりマイナスで間違えている。 その時、やはりマイナスで間違えた。 と思う。   そして、どうしてマイナスで間違えたのかを考える。 計算途中を見て、マイナスで間違えた原因が判明する。 間違えたところを意識して正しい答えを出す。   これを繰り返すと自分がマイナス関係で間違える原因が決まってくる。 すると、計算する時に問題を見てマイナスで間違えやすい計算問題が分かるようになってくる。 この計算が間違えやすい。 ということが分かる。   そうなれば、その計算はマイナスを意識して計算しようという気持ちになる。 その結果、マイナス関係の計算間違いが少なくなる。 ...

考える力をつける

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  9月からはどの学年も学習内容が考える力をつける内容となります。 それにより考える力が必要となる問題が多くなってきます。 それらの問題を解くためには各学年に合わせた基礎的な考える力が必要となります。   では基礎的な考える力はどのようにしてつけるのか。   まずは頭の中にあることを絵や図、簡単な文にすることを心がけます。 内容を簡単な図や絵、文章にすることにより内容がより深く把握できるようになります。 余分なものをなくして一番重要なことがシンプルに分かりやすくなるからです。   「分かる」という状態については三つの段階があると言われています。 最初は頭の中だけで分かった状態。 次にイメージとして分かった状態。 最後が絵や図として分かった状態です。   最後の分かった状態は全体像がしっかりと把握できているだけではなく、細かなところまでもしっかりと説明できる状態です。 分かったことを絵や図にかくことができるのならば十分に理解している証拠となります。 逆にいうと絵や図にかけない状態というのは、まだ理解度が浅いということになります。   最後の分かった状態にするために勉強する時はノートに絵や図、簡単な文章を書く癖をつけるようにします。 書いたものが目に入り脳に届くことが覚えることにつながります。   小学生の時など問題自体が簡単なので、すべて頭の中で解いて答えだけを書いていくということが通常化してしまいがちです。 そのようになると、その時は良いのですが、難しい問題を解く時や中学生になってから分からなくなってしまいます。   書くことを習慣化するために算数では式を順序よく書いていくことを意識します。 図形や文章問題もとりあえず図をかいてから考えるようにします。 それらが自然と行われるようになれば考える力もついてきます。   国語においての基礎的な考える力はどのようにしてつければよいのか。   最終的には読解力をつけるということになります。 その前段階で考える力はどのようにしてつければよいのか。   実はあまり言われていないことですが、...

得点の壁

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  人それぞれにいろいろな壁がある。 分かりやすいところではスポーツ選手には記録の壁がある。 勝敗の壁がある。 そして、学生にも得点の壁がある。   100点の壁、200点の壁、300点の壁、…など。 壁というのだから、なかなか超えることができない。 なかなか超えることができないので壁になる。   一度壁を超えて中に入ったと思っても、次にすぐまた中から壁の外に落ちてしまう。 一度壁を乗り越えたらばそのまま中にいるためには今まで以上の力が必要となる。 今まで以上の努力をしなければならない。   がんばってもなかなか壁を超えることができない場合、 壁が今までより高くなってしまうことがある。   これは壁自体が高くなったのではなくて自分のいる位置が低くなってしまった結果、壁が高くなったと感じるためである。   そのように壁が高くなるのは自分の思考による。 ネガティブなマイナスの言葉、思考による。   どうせどんなことをやっても乗り越えられない。 がんばっても乗り越えられない。 だから、何をやっても無駄だ。 やらなくても同じだ。 どうせできない。 やってもしょうがない。   そんな言葉が壁を高くする。 壁は高くなったのではない。 自分が低くなったのだ。 そのことは知っておく必要がある。   2024/09/11    

「テストができた」

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  テストが終わってのこと。 「答案はまだ返却されていないけれど今回の数学はできたと思う。」 と生徒が言ってきた時は まだ要注意だよ。 と心の中で言っている。   テスト対策として講習をしていて、生徒一人一人のできないところ、できるところなどは把握している。 この生徒はいつもここで間違いを犯しやすい。 まだ、ここが理解できていない。 など分かっている。   本番のテストでも同じような間違いを起こしやすい。 そのためにそんな間違いを起こさないように講習を行う。 しかし、時間には限りがある。 そのため、理解の未消化でテストに臨まなければならない。 ということが多くある。   そうなると、テスト前に確実にはなっていない。 テストは大丈夫か。 そんな思いがあるので生徒がテスト後に 「今回はできたと思う。」 と言ってきても答案がまだ返却されていない場合は素直に喜べない。   本人の思いと現実にギャップがあることが多々ある。 という経験を多くしている。   答えを四角のマスの中に書く場合に出てきた答えが合っているのにマスには写し間違えて違う答えを書いてしまう。 そんな単純なミスをする。   そんなことはいくらなんでもないだろうと思うかもしれない。 けれども現実にあるミスである。 そんな単純なミスで点を失ってしまう。 もちろんテスト直後には本人はできたつもりでいる。   簡単な計算でも単純なミスで点を失ってしまう。 特にひき算での簡単な計算ミスが多く見られる。 他に多いのはマイナスの符号関係のミス。   これらの単純なミスによる失点はテスト直後には本人は気づいていない。 そこでテスト後にできたと思っている。   しかし、答案が返却されると自分が思っていたのとは違ってできていない。 なんて結果になっている。 ということになる。   だから、生徒が 「今回はよくできたと思う。」 と言ってきても答案が返却されるまでは言葉通りとは思えない。   このことは生徒もできたと思っていた...

行動と結果

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  室内の観葉植物の水やりについて以前はあまり考えずに水やりをしていた。 受け皿に水が溜まっていてもあまり気にしないでいた。 それでも植物は育っていた。 今から思うと枯れてしまったものもあったけれど。   観葉植物の中に胡蝶蘭が仲間入りして水やりの意識が一変した。 胡蝶蘭の水やりは初心者には難しい。 そんなに難しいことではないと書かれているけれど、やはり難しい。   胡蝶蘭はまだ植え込み材料が乾いていない時に水やりをしてしまうと、すぐに根腐れを起こして枯れてしまう。 根腐れが怖いからと逆に水やりを控えると今度は水が足りなくて枯れてしまう。   胡蝶蘭自体は強い植物だと思う。 というのも花芽のついた茎を誘引しようとしたときに誤って折ってしまっても折れた茎の横からまた新たな茎が伸びて花を咲かせた。   胡蝶蘭の水やりに注意をするようになると他の観葉植物の水やりにも注意するようになる。 すると今まで気にしていなかったのに元気がなくうなだれている植物を見ると水が足りないのかもしれない。 と思って水やりをする。   それが本当は根腐れをしていて元気がなかった植物に水をさらに加えてしまって結局は植物を 枯らしてしまう。 そんなことも起きるようになった。   今までのようにそんなに気にしていなかったならば枯れるようなことはなかった。 元気がないから。 かわいそうだ。 だから、水が足りないのだろうと思って水をあげる。 それが逆効果で最終的に枯らしてしまう。 そんなことになるとは思ってもいない。   かわいそうだと思ってしたことが命取りになる。 これは水やりに限ったことではない。   よかれと思ってしたことがますますひどい状態にしてしまう。 はたから見るとなんてことをするんだ。 ということをしてしまう。 もちろんよかれと思ってしたことだ。   相手のためにと思ってしたことが逆に相手をおとしめる。 そんなことがある。   たとえば、台所で洗い物の手伝いをしようとする。 その時、誤ってお皿を割ってしまう。 大切にして...

文字式は小学生の低学年から

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  静岡県では9月初旬に中学3年生は学力調査テスト(静岡県統一テスト)があります。 数学において必ず出題される連立方程式の利用(文章問題)の対策をしていて気づくことがあります。   簡単な個数問題を文字式で表すことができない。 その結果、方程式を立てることができない。 そのため、連立方程式の利用はできない。 という結果になってしまっている。 ということです。   簡単な個数問題を文字式で表すことができない。 とはどういうことなのか。 極端なことを言うと、80円のみかんをa個買った時の代金の80a円が表せないということです。   文字式は小学6年生の「文字と式」という単元で学習します。 これは中学1年生で学習する文字式の基礎として学習します。 この時にもう数量が文字を使って表すことができないということが出てきます。 数量を文字で表すことはそんなに難しいことではないと思うかもしれません。   しかし、前述の文字式を問題として 80円のみかんをa個買いました。 代金はいくらですか。 という問題にして尋ねてみます。   80a円とすぐに答えられると思うかもしれません。 しかし、文字式を使うことが苦手の場合にはすぐに80a円と答えることができません。 この時、「1個の値段×個数=代金」という概念がないということが文字式で表せない要因の一つになります。   そこで、文字を使わないで、a個の代わりに実際の数で尋ねてみます。 みかんが2個では代金はいくら。 と尋ねます。 すると160円と答えます。 そこで160円はどのような式を使って求めたのか。 式を尋ねます。 すると、その式 80円×2個 が分からない。 となります。   160円という答えは出るけれども、どのような式で出したのかが分からないのです。 「1個の値段×個数=代金」が理解できていない。 ということになります。   今回の例は極端な例ですが、答えは分かるが式は分からない。 ということの要因は小学生の低学年から始まります。   答えを求めることを重視しすぎ...

勉強のコツ

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    勉強したのにテストで良い点が取れなかった。 勉強してもテスト結果がよくないから勉強しても無駄だ。 と言う人がいます。   しかし、自分では勉強しているつもりでも客観的に見ればそれほど勉強はしていない場合が多くあります。 自分は勉強しているつもりでも、客観的には勉強していない。 そうであれば、勉強方法をもう一度見直してみる必要があります。   勉強方法については個人差がありますので、このようにすれば良いという決定打はありません。 色々な方法を試して自分に合った勉強方法を見つけていくしかありません。   しかし、勉強ができる人には共通した勉強のコツがあります。 そのことは知っておく必要があります。   それは、勉強して間違えたところをしっかりと理解するようにしていることです。 問題を解いて間違った箇所や理解できなかった箇所は徹底的に理解しようとしています。 できない人は残念ながらそのようなことがなされていません。   勉強してもできないと思っている人は間違った個所を理解しようとする意識を持たなければなりません。   そんなことを言っても分からないことは理解できない。 そんな気持ちも分かります。 ですから、まずは理解しようとする意識を持つことから始めます。   問題を解いて、丸付けをして、間違ったところにはバツをつけて、それでおしまい。 間違った所の正しい答えを書きなおして、それでおしまい。   これではできるようにはなりません。 問題を解いただけでしっかりと勉強した。 と思ってしまうと勉強しているのにテスト結果がよくない。 ということになります。   まず、自分の力で問題を解いてみます。 その後、答え合わせをして間違えたところの問題をよく読みなおして理解するようにします。   しかし、問題を解いて間違えたところや分からないところが多い場合は答え合わせをじっくりとして理解することなどできません。 そのような場合、ただバツをつけるだけになってしまいがちです。   そうならないようにしなけ...

映画「グリーンブック」2018年度作品

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  映画を観るまで グリーンブックというガイドブックがあったことも知らなかった。 しかも、それが黒人旅行者を受け入れるホテルやレストランなどの一覧が掲載された本のことなど当然知らなかった。   そして映画を観て自分がいかに幸せなのかを知った。   映画は1960年。 天才黒人ピアニスト、ドクター・シャーリーがイタリア系男、トニーを運転手兼マネージャーとして 雇い、当時あえて黒人差別の強い南部でのピアノコンサートツアーを行うという実話に基づいた映画。   テーマの 1 つは現在も根強く残っている人種差別。 1960年当時のアメリカ。 リンカーンが奴隷解放宣言をして約100年経ったアメリカの南部では依然として黒人差別が行われていた。   その南部へピアニストとして演奏旅行をするのだからドクター・シャーリーはピアノ演奏では拍手をもらうが、演奏以外では黒人扱いなのでひどい仕打ちを受ける。   彼はカーネギホールの上階の高級マンションに住んでいる高名なピアニスト。 それなのに、何故あえて黒人差別の強い南部でコンサートを行う計画を立てたのか。   それが2つ目のテーマではないかと思う。 答えは語られないが。   人種差別を扱った映画「シンドラーのリスト」「戦場のピアニスト」と違う。 そこが同じ人種差別を扱った映画なのに観ている時に変な重さがなくまた後味がよい。   それはどうしてか。 それは、ドクター・シャーリーは自分から黒人差別のひどい渦の中に飛び込んで行った。 自分からひどい差別を受けるような機会を作った。   高級マンションに住んでピアノの演奏をして豊かに暮らすことができる。 それなのに何故か。   山崎豊子著「二つの祖国」の匂いがする。 日本人なのにアメリカで育ち、アメリカ人からはアメリカ人とは見られず。 日本人からは日本人と見られない。   それと同様なことがドクター・シャーリーにもあったのかもしれない。 黒人なのに富裕層。 普通の黒人からは黒人とは違うと思われる。 そして、ピアノ演奏の能力は認めるが、他は...

夏休みにすべきこと① 小学生

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  小学生が算数において夏休みにすべきこと。 文章問題に慣れる。理解する。 文章問題の理解度は中学の連立方程式の利用などの理解に大きく影響してきます。   小学生の算数において よく言われることの一つに文章問題が解けない。 設問の内容が理解できない。 ということがあります。   小学1年生において、たし算を学習した時の文章問題はたし算となっています。 そのため、たし算ができれば文章問題も解けます。 ひき算を学習した時も同様なので、この時期には文章問題はあまり気にはなりません。   それが小学2年生の途中で 「たすのかな」「ひくのかな」という単元があり、この単元で初めて文章問題ができない。 理解できていない。 ということが気になります。   そこで、はじめて文章問題が解けない。 設問の内容が理解できていない。 ということに直面します。   この時は設問が 「合わせていくつ」 「ちがいはいくつ」 というような設問になっています。   そこで 「合わせていくつ」ならば、たし算。 「ちがいはいくつ」ならば、ひき算。 と覚えてしまえばこの単元はできるようになります。   ただ、内容が理解できているかは疑問が残る状態です。   この時にもうひとつ理解度が求められるのが2つの式で答えを出す文章問題です。 一つの式で答えを求めるような文章問題ならばできますが、2つの式で答えを出すような文章問題はできない。 このようなことがよくあります。   小学3年生の初めにわり算の学習をします。 この時も文章問題はわり算の文章問題なので式はわり算で問題は解くことができます。   このわり算を学習して、+- × ÷の四則計算の基礎の学習をすべてしたことになります。 小学3年生以降の文章問題では式は四則計算のどれかを使った計算式ということになります。   文章問題の理解ができないということは四則計算のどの計算を使うのかが分からないということになります。 小学3年生の文章問題ならば ①  ...