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ちょっと注意する

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  問題文を読んで答えを出す。 ちょっと考えれば違っていることが分かるような答えをためらいもなく書いてしまう。   ちょっと注意する意識が必要。   中学生の数学において 方程式の問題。 りんごとみかんを合わせて15個買った。 りんごの個数を求めると20個になった。 明らかにその答えはおかしい。 でも、その答えを書く。   1次関数の問題。 直線の式を求める時にグラフから考えると傾きはマイナスになる。 答えがプラスの傾きで出た。 それを変だと思わない。 普通にプラスの傾きの答えを書く。   りんごとみかんを合わせて15個。 だから、りんごが15個より多くなるのはおかしい。   グラフを見るとこれは傾きがマイナスになる。 プラスに傾きがなったということは答えが間違っている。   というように考えることができるか。 できないか。 それがテストで点がよく取れるか取れないかに関係する。   これは数学の問題以外でも同様のことが言える。   現状を把握しておく。 いつものことをしっかりと把握していれば、いつもと違うということがすぐに分かる。 すると何かがおかしい。 ということが察知できる。 それに対処するという行動が素早くできる。   いつものことを意識する。 それが大切。 そして、ちょっと注意する。     2024/03/27    

静岡県公立高校入試問題2024数学

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  静岡県公立高校入試問題について 数学は大問の4つが難問となる。   上位高校を目指すならばこの大問を解けるようにしなければならない。 この4つの大問についてしっかりと対策を行うことが高校合格につながる。   4つの大問の配点は ①    連立方程式文章問題5点  ②    空間図形3点 ③    2次関数4点 ④    図形の証明+長さ・角度問題9点 これらの配点合計が21点となる。   これらができないと他がすべてできても29点しか取れない。 つまり、数学は50点満点ではなく、29点満点となってしまう。 この21点をいかにして取るかが上位高校合格のカギとなる。   4つの大問の内容は ①連立方程式文章問題 設問内容は割合を使った問題が多く、問題文が長い記述となっているのが特徴。 設問内容の理解が必要となる。 ただ、内容が理解できれば等式を作るだけになり、4つの大問の中では一番点が取りやすい。   ②空間図形 三平方の定理を繰り返し使って長さを求める問題。 空間図形の中に答えに関係する直角三角形を見つけることができる力が必要。   ③2次関数 面積の関係より a の値を求める。各座標を a を使って表すことがポイント。   ④図形の証明 円の中にある三角形の相似の証明。 相似条件「2組の角がそれぞれ等しい」を使う証明問題。 長さ、角を求める問題。 証明した相似の関係を使って求める。   上位高校を目指すならば、これらの大問を時間内に解けるようにしなければならない。   つまり、数学で難問の21点のうちどれだけ点を取ることができるかが、合格、不合格を決定する。     2024/03/15    

静岡県公立高校入試について2024

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  今年度(令和6年)の静岡県公立高校入試について考えてみます。 今年度の静岡県公立高平均志願倍率は1.06倍となり、前年度の1.04倍より上がりました。   平均志願倍率は一昨年1.02倍、昨年1.04倍、今年度は1.06倍となり、年々平均倍率は上がっています。 このことから、来年度も公立高校を志願する生徒数は多いと予想されます。   県東部富士地区、沼津地区において 今年度は富士東高、吉原高、富士宮東高、沼津城北高の募集定員がそれぞれ前年度より40名減となっています。   各学校について倍率をみてみます。   富士地区において、例年倍率の高い上位高校の富士高の倍率が普通科1.05倍、理数科0.70倍と単純に志願者数の2科合計では倍率が1.00倍になってしまいました。 このように富士高の入試倍率が低いことはあまりありません。 このことは今年度の大きな特徴のひとつです。   それに対して、富士東高と吉原高の倍率が前年と比べて大きく上がっています。 富士東高は昨年倍率1.01倍が1.21倍に、今年は募集定員より33名増になっています。 吉原高も昨年倍率0.96倍が1.23倍に、今年は募集定員より28名増になっています。 どちらの高校も今年度の入試は厳しかったと言えます。   前年と比べて大きく倍率が上がった要因の一つは2校ともに今年度の募集定員が40名減っているということが挙げられます。 募集定員が減っているところに志願者はそれほど減っていなかったということになります。   今年度募集定員を40名減らした高校については、すべて前年度より倍率が高くなっています。募集定員を減らした高校については入試では注意が必要だということが分かります。   また、商業、工業のような専門的な高校より普通科志望の傾向が強まっていることが分かります。この傾向は今後も続くことが考えられます。   倍率が高かった高校は翌年の倍率が低くなり、倍率が低かった高校は翌年の倍率は高くなる傾向があります。 この傾向は上位高校で特に見られます。   今年度の志願者数の倍率で考えると富...

公立高校合格発表前日2024

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  静岡県の公立高校の合格発表が明日となる。   この時期にいつも思うことは、この高校に絶対に入りたい。 と心の底から思うことは重要だということ。 そう思うことができた人は志望高校にだいたい合格している。   当然、思っただけで合格できるならば誰でも思うようにするだろう。 みんな思うだけで合格できるとは思っていない。 実際その通りのはずだ。   それでも絶対にこの高校に入りたい。 という強い気持ちが強い人は合格する。 勉強も高校合格のために必死にするからだ。 思いの強さは勉強に比例する。   思いと行動が相乗効果をうむ。 それが高校合格につながる。   志望校について A 高校に絶対入りたい。 A 高校でも B 高校でも、どちらでもいい。 どちらに思うかによって、同じ学力の者でも差が出てしまう。   こんな例がある。 学力があっても、 A 高校に合格するためには一生懸命受検勉強はしなければならない。 受験勉強を頑張ってしてまで A 高校に入り入るつもりはない。 そんなに勉強しなくても入れる B 高校にしよう。 そうすれば B 高校ではトップクラスで入ることができる。   そう言って B 高校に入学した生徒がいた。 その生徒が高校生になって夏休みに塾に来た。 入学当初はトップクラスだった学力が今は真ん中位の順位だと言う。   「やっぱり勉強しないで入ると高校でも勉強しない。 でも、高校は中学の時のようにはいかなかった。」 しみじみ生徒が言った。   この逆の例がある。 自分よりも学力の上の高校に頑張って入った生徒がいる。 入った時には学年では下から数えた方が早いような順位だった。 それが夏休みに聞いてみると順位が真ん中位になっていると言う。 「えっ、真ん中なの。」 と驚いたら 「失礼しちゃう。勉強してるから。」 と怒られた。   高校は上位クラスでなければ一生懸命勉強した者はそれだけ順位も上がりやすい。 自分は一生懸命勉強しなければならないという気持ちが下位から中位へ上げたのだろう...

やっぱり算数は苦手ですか

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  小学生の学年末2月の学習する単元はどの学年も「式を作る」ことが主題となっています。 等式を作ることは中学の数学につながります。 数学のための基本づくりとも言えます。   各学年の学習内容は次のようになります。   小学2年生「たし算とひき算」:文章問題を図を使って、たし算とひき算で解きます。 等式を意識するようにします。   小学3年生「□を使った式」:□を使ったたし算・ひき算、かけ算・わり算の式を作る。 文章問題を□を使った等式を作り、□を求めます。   小学4年生「ともなって変わる量」:ともなって変わる2つの量を□と〇で表して等式を作ります。 □、〇に代入して値も求めます。   小学5年生「割合を使った問題」:比べられる量÷もとにする量=割合の式をもとに各値を式の変形をして求めます。   等式では3つの値のうち2つが分かっていて残りの値を求める。 これが文章問題の基本のパターンです。   小学2年生の最後の学習に「たすのかな、ひくのかな」という単元があります。 この単元から文章問題が本格的に始まります。 〇+△=□ という式が基本の式となります。   この〇、△、□のうちの2つが分かっていて残り1つを出すというのが文章問題となっています。 この式を作るということが小学2年生の最後の時期ではまだ難しいところもあります。 また、小学生は答えをすぐ出したがる傾向があります。   そこで、すぐに「たすのか、ひくのか」 と聞いて答えを出そうとします。 または、たす、ひく、のどちらかを使ってとりあえず答えを出そうとします。   文章問題の意味は分かっていないけれども答えを出そうとします。 出した答えが合っていた。 ということで、できたということにしてしまうことも多くあります。   そのような場合は後になって文章問題が分からない。 解けない。 という状況になります。 ただ、小学2年生の最後の時期では、まだ文章問題の意味が分からなくても仕方がないという時期でもあります。   「こんなこと...

「ナントカシナケレバ」「ナントカシヨウ」

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  「ナントカシナケレバ」「ナントカシナケレバ」 「ナントカシヨウ」「ナントカシヨウ」   思い通りにならなくて 計画が進まない。 目標が達成できない。 どうしたらよいのかも分からない。 気持ちだけが焦って 気持ちだけが沈んでいく。   そんな時は心の中は真っ暗で何も見えない。 何をすればよいのかも分からない。   そんな時は心の中で言ってみる。   「ナントカシナケレバ」「ナントカシナケレバ」 「ナントカシヨウ」「ナントカシヨウ」   何も考えずに言ってみる。   「ナントカシナケレバ」「ナントカシナケレバ」 「ナントカシヨウ」「ナントカシヨウ」   心の中をこれらの言葉でいっぱいにする。   解決方法が分からない。 どうしたらいいのか分からない。   何もできない。 でも、何かしなければ。 でも、何をしたらよいのか分からない。   そんな時に心の中で言ってみる。   「ナントカシナケレバ」「ナントカシナケレバ」 「ナントカシヨウ」「ナントカシヨウ」   何も考えずに言ってみる。 心の中で繰り返す。 時には声に出して言ってみる。   何もできないから。 何をしてよいのか分からないから。   「ナントカシナケレバ」「ナントカシナケレバ」 「ナントカシヨウ」「ナントカシヨウ」   そんな言葉を繰り返すしかできない。 そのくらいしかできない。 だから、そのくらいでもしてみよう。   そんな言葉を繰り返して頭の中をいっぱいにする。 そんな言葉で体中をいっぱいにする。   小さな不安が大きな不安になる前に その不安を言葉でおおいつくす。   「ナントカシナケレバ」「ナントカシナケレバ」 「ナントカシヨウ」「ナントカシヨウ」   不安を小さくできるかもしれない。 何かのヒントを与えてくれるかもしれない。 何もならないかもしれない。 ...

自分に都合の良いこと

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  相手にとって都合が良いこと=自分にとって都合が良いこと。 いろいろ経験して、今はそのように思っています。   人間、楽をしたい。 少しでも楽になる道筋があれば、その道筋に沿って歩きたい。 そう思うのが当然。 と、思う。   自分にとって都合が良いようにしたい。 そのために相手に自分に合わせてもらいたい。 そこで相手の要望を変えてもらう。   自分の都合の良いようになる。 そうなれば自分は楽になる。   でも、なかなかそうならないことが多い。   たとえば、休日返上で仕事をすることになる。 前日に予定を立ててみると1日仕事ではなく、午前中で終わりそうだ。 これなら午後は休みになりそうだ。 そう思って少し喜ぶ。   そこへ取引先から電話がある。 明日の午後に商談したい。 午後は休みになれると思っていたのに。 ダメになるのか。   自分は明日の午後は休みにしたい。 心の中で声がする。   そこで、相手にできれば明日の午前中に会うように変更できないかと頼む。 すると相手が午前中でもよいと変更してくれる。 良かったと心の声がする。   当日になって、仕事をしていると急に電話がかかってくる。 突然ですけど、今日の午後どうしても商談したいので都合をつけてください。 変えることはできないので、午後も仕事をすることになる。   こんなことになるなら、前日の商談も午後にすればよかった。 相手も午後の方がよかっただろうに。 無理に午前にしてもらう必要はなかった。 相手に対して悪かったという思いが起こる。   こんな経験を何回か繰り返す。 すると結論が出る。   自分の都合に合わせても、結局は自分が楽をしたい。 という理由の場合は自分の都合の良いようにはならない。   そんな結論により、自分の都合は考えず、相手の都合を優先すること。 これがいちばんだ。 ということが分かった。   いつも相手のことを優先する。 このことがいちばん...

働きがい

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  昔、東京の個別進学塾で生徒を教えていたことがあります。 そこを辞めることにした時に室長に辞めることは担当の生徒には言わないでおいてくれと言われました。   自分は担当していた生徒には事前に話しておいた方が良いと思っていました。 しかし、室長にそのように言われたので、最後の授業の時まで辞めることは言わないでいました。   最後の授業の終了時に生徒には辞めることを言いました。 そして、教室を出ました。   その後、室長から 「先生が担当していた中学生の女の子が先生の辞めることを知って大泣きされて困った。」 というのを聞きました。   このことは自分にとっては勲章の一つです。 生徒には悪いことをしたな。 という思いがあります。 でも、もうひとつ、そんなに頼ってくれていたのか という思いで、喜びも感じました。 うれしかったです。   こういうことが働きがいと言えるのかもしれません。 その生徒にとっては、自分は信頼できる先生だったのかもしれません。 ありがたいことです。   慕ってくれていたのかもしれません。 うれしいことです。 働きがいというのはこういうことなのかもしれません。   これからも頑張っていこう。 と思える。 そんな出来事でした。   それが今でも頭に残っています。 それが一つの糧になっているのかもしれません。   そういうことが働いていくうちに多く体の中に残っていく。 そのひとつひとつが働きがいの種になります。 種はいつか花を咲かせます。 どんな花が咲くのかは分かりませんが。       2024/01/16    

へそ曲がり

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以前、仕事においてドリルで物に穴を開ける時に上司に言われた。 「ドリルが物に対して垂直になっていないから直すように。」 自分では垂直にドリルを入れていたつもりだった。 けれど、どうもそうではないらしい。   フライパンで炒め物をしている時に 「フライパンがコンロの真ん中になっていない。」 と注意された。 自分では当然、フライパンはコンロのちょうど真ん中になっていると思っていた。   このように、自分では正しいと思っていることが往々にして間違っていることがある。 ということは自覚しておかなければならない。   自分がいつも正しいと思うということは、はなはだ傲慢である。 自分はこう思うけれど、これは正しいのか。 どうなのか。 そのように物事を考えてみる。 という顕著な姿勢が必要だろう。   自分が正しいと思って行動をする。 しかし、間違っていることの方が多いかもしれない。   絵画を見る。 抽象画において、ひょっとするとこの画家は実際に頭の中でこのようにものが見えていたのではないかと思うことがある。   本当はデッサンがしっかりできて、しっかりした絵が描けて、その後の形が抽象画になっているのだろうけれど。   へそ曲がりという言葉がある。 へそが中心にないこと。 つまり、人と変わっている。 ということを意味する。   これなど、本人は自分のへそは中心にあると思っているのではないだろうか。 周りから見れば、へそは中心にないように見える。 けれども、本人は自分のへそは中心にある。 そのように見えているのだ。   周りの人と同じものを見ても見えるものが違う。 そうなれば意見も変わってくる。   周りのものから見ると、へそが曲がっているということになる。   2024/01/11      

見てきた光景とこれから見る光景

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  缶詰のブルトップが開かない。 スーパーの肉などを入れる薄いビニール袋の口が開かない。 ペットボトルのキャップが開けられない。 ライターの火を点けられない。 雨戸の開け閉めができない。 …など。   これらは父母が年を取ってから、できないと言ってきたこと。 代わって自分がしたこと。   その時は、 「こんなこともできないのか。」 と思っていた。   「こんなこともできないほど年を取ってしまったんだな。」 と思うことはなかった。 今なら分かる。理解できる。 できないことが。   「こんなこともできないくらい年を取ってしまったんだな。」 そう思って相手のことを気遣ってやらなければいけない。 と今ならば思う。   「こんなこともできなくなってしまったんだ。」 と思ってあげることができる。   「こんなこともできない。」 と、同じ思いになってあげることができる。 でも、その当時はできなかった 。   「開けられない。」 その状況、その年齢になってみないと分からない。   そういえば、父がそんなこと言っていた。 母がそんなことを言っていた。   そんなことを思う年齢になっている。 同じ状況にならなければ分からない。 年を取ってみないと分からない。 若くないと分からない。 見て感じないと分からない。   年を取って手の力がなくなると物が開けにくくなる。 何か援助が必要になってくる。 若ければそれは感じない。   缶詰も缶切りを使わなくても開けられるようになっている。 多くがプルトップで開けるようになっている。 そのプルトップを開けるのにも力がいる。 そのプルトップが開けられなくなる。   いろいろな面で年を取ってこないと分からないことが分かってくる。 そのことと比例して改良しなければならないと思うことが多くある。 それが年を取って分かる。 年を取らなければ分からない。   若い時のことならまだ分かる。 若い時は通過し...