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12月, 2023の投稿を表示しています

見てきた光景とこれから見る光景

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  缶詰のブルトップが開かない。 スーパーの肉などを入れる薄いビニール袋の口が開かない。 ペットボトルのキャップが開けられない。 ライターの火を点けられない。 雨戸の開け閉めができない。 …など。   これらは父母が年を取ってから、できないと言ってきたこと。 代わって自分がしたこと。   その時は、 「こんなこともできないのか。」 と思っていた。   「こんなこともできないほど年を取ってしまったんだな。」 と思うことはなかった。 今なら分かる。理解できる。 できないことが。   「こんなこともできないくらい年を取ってしまったんだな。」 そう思って相手のことを気遣ってやらなければいけない。 と今ならば思う。   「こんなこともできなくなってしまったんだ。」 と思ってあげることができる。   「こんなこともできない。」 と、同じ思いになってあげることができる。 でも、その当時はできなかった 。   「開けられない。」 その状況、その年齢になってみないと分からない。   そういえば、父がそんなこと言っていた。 母がそんなことを言っていた。   そんなことを思う年齢になっている。 同じ状況にならなければ分からない。 年を取ってみないと分からない。 若くないと分からない。 見て感じないと分からない。   年を取って手の力がなくなると物が開けにくくなる。 何か援助が必要になってくる。 若ければそれは感じない。   缶詰も缶切りを使わなくても開けられるようになっている。 多くがプルトップで開けるようになっている。 そのプルトップを開けるのにも力がいる。 そのプルトップが開けられなくなる。   いろいろな面で年を取ってこないと分からないことが分かってくる。 そのことと比例して改良しなければならないと思うことが多くある。 それが年を取って分かる。 年を取らなければ分からない。   若い時のことならまだ分かる。 若い時は通過し...

進化は既定路線上にはない

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  人間の体は異物が入ってくると、それを排除するようになっている。   それは人間が古来より持っている自己防衛能力といえる。 体の中に異物が入ってきた場合、それを何らかの方法で排除しなければ身体自体の存在が危険にさらされる。   そこで、体に害のあるもの。 または、今までと異なったものなどが体内に入ってきた場合、それを排除するようになっている。   嘔吐、下痢などが排除のために起こる。 それらによって体の外に異物を出すようにシステムされている。 人間の体はそのようになっている。 それは目に見える現象以外にも起こる。   人間の意志、思考、感情など目に見えないメンタルな部分にも同様のことが起こる。 異人種、異文化など。 そういうものが急に入ってきたならば、排除しようとする。   心の準備ができていない。 平穏が乱される。 今までの慣習通りではなくなる。   そこで排除。 そのような意識が湧き上がる。 起きる。   それは古来より延々と受け継がれてきた。   大きさは関係ない。 異なったものが侵入する。   それが良いこともあるが、悪いこともある。 平穏からの脱却は進化につながる。   進化は既定路線の延長線上にはない。 進化には今まで通りではない何か別のことが必要だ。   人類の進化は突然変異によるもの。 今までと違ったことにより起こった。   石ノ森章太郎の漫画にあった。 猿人たちの中に体毛がない子供が生まれた。 体毛で覆われた猿人たちはその子供を始末しようとする。 しかし、必要とされるものは生き延びる。 今の人類の始まりとなる。   進化は異端より起こる。 何かいつもと違うことが起こる。 これは大変だ。 困った。 と思ってしまう。   そんな時は何か進化のための知らせではないかと考える。 そんなことを思って出来事を見てみる。   すると困ったことも受け入れることができる。 少しかもしれないけれ...

中学2年生が重要な学年

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  中学生においては中学2年生がいろいろな面において重要な学年となります。   中学2年生は中学1年生からつながり、中学3年生へとつなぐ重要な役割の学年です。 中学1年生の学習の理解ができていない場合は中学2年生ならば丁寧に復習をすることができます。 さかのぼって基本をしっかりと定着させることができる学年でもあるということです。   数学で考えてみると、中学2年生では中学において重要な3つの単元を学習します。 1. 連立方程式の利用 2. 1次関数 3. 合同の証明 です。   これらは実力テストでは必ず出題される単元となります。 しかも、理解しにくい単元です。 ですから、しっかり理解して、できるようにしておかなければなりません。   これらをできるようにするためには中学1年生の学習の理解が必要となります。 中学2年生が重要な学年だということは中学2年生でがんばればよいというわけではありません。   中学1年生の学習。 これが土台となって中学2年生の学習が成り立ちます。   中学2年生は重要な学年。 だから、その重要な学年のためにしなければならないこと。 それが中学1年生の学習の理解となります。   中学1年生からしっかり勉強していかなければ。 という気持ちを持つことが必要になるわけです。   つまり、どの学年もしっかり勉強しなければならないという結論になってしまいます。     2023/12/13    

イメージは偏見の塊 その2

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  作られたイメージ。 それも勝手に作られたイメージ。 それは間違っているかもしれない。 けれども合っていることもあるかもしれない。 本質は置き去りにされている。   作られたイメージは分かりやすい。 複雑ではなくなっている。 だから頭に入りやすい。 印象に残りやすい。   人に会った時の第一印象もイメージだ。 そんなイメージで人を決めつける。 人を第一印象で決めてしまう。 イメージを作ってしまう。   多くの人のイメージをまとめて県民性、国民性などと言って遊んでいる。 県民、星座、血液型占いなどということが流行する。   知らない人はイメージにより知らないものを知った気になる。 そうやって物事が作られていく。   一度も会ったこともないのに。 一度も行ったことないのに。 知った気になる。   いろいろなことのイメージが作られいく。 本当のことが分からないままイメージだけが独り歩きしていく。   そしてイメージは本質を押しのけて居座ってしまう。 世の中はそんなイメージで作られている。     2023/12/07    

イメージは偏見の塊 その1

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  コーヒーはマグカップで立って飲む。 紅茶はティーカップでテーブルを前にして座って飲む。 日本茶は湯のみで畳に座って飲む。   実際はそうではないけれど。 自分の中でのイメージはそうなる。   コーヒーは仕事の合間に仕事に向かうために飲む。 紅茶は午後のひと時を優雅に過ごすために飲む。 日本茶は朝に、これから仕事を頑張ろうという感じで飲む。   自分の中でのイメージはそうなる。 自分がイメージすることと同じように他の人もイメージすることはない。 他の人はまた別のイメージを持っている。   各自、それぞれにイメージがある。 今までの経験、環境、その他いろいろなものがかみ合わさってイメージは作られる。   イメージは固定観念である。 ということは偏見とも言える。 イメージは偏見の塊だ。   自分の独断と偏見でイメージは作られる。 本当はどうかも分からないのにちょっとした印象でイメージが作られる。 いつの間にか、そのイメージは定着する。 そして、イメージが実体になってしまう。   イメージはあくまでもイメージだ。 本当は実体とはかけ離れている。 そういうことが多いだろう。   人に対してもイメージを作る。 人は他人に対してイメージが良いとか悪いとか感じる。 初めの時に作られるイメージが多く残る。   そのイメージは実体と合っているのか違うのか。 それは分からない。 そんな分からないイメージで他人を形成する。   あの人はそういう人だからしょうがない。 あの人がそんなことをするはずがない。   そんな言葉が出てくる。 イメージにより作られる言葉だ。   023/11/30